ミツマメパーラー

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まいりましたね

これブログに書いたかなぁ。小学校の卒業式であったことをたまに思い出すんだけど。

 

代表の親御さんの挨拶で、子供からもらった幾つかの「ありがとう」について語られていたときのこと。その幾つか並べられた「ありがとう」の内容の全てを覚えてはいないのだけれど、いつも美味しいご飯をありがとう、だとか、遊んでくれてありがとう、だとかそんなようなものだったと思う。で、その中に「この間外食へ連れて行ってくれてありがとう」というものがあった。これを聞いた時にとても不思議な気持ちになったのを覚えている。「外食へ連れて行ってくれてありがとう」はきっと当時のわたしにとって衝撃だった。

というのも、わたしの家は週末の外食が習慣だったからだ。ファミレスか、焼肉か、ラーメンか、回転寿司か、たまにとんかつだったり、そんな感じでローテーション。たまに出前そば。もちろん家で済ますこともある。とにかく外食はわたしにとってあまりにも普通のことだったから、そんな風に「ありがとう」だなんて一度も感謝の気持ちを抱いたことなんてなかった。

「遊んでくれて」も「いつも美味しいご飯を作ってくれて」も(まことに幸せなことに)普通のことではあるのだけれど、「外食へ連れて行ってくれてありがとう」についてはなぜか特別に不思議だった。

たぶんその時に外食はよりお金がかかる、ということに初めて気付いたんだと思う。いま思えば贅沢な話だけれど、それまではあまりに普通のことすぎて分からなかった。

 

わたしの父は仕事がとても忙しく、わたしが小学生くらいの頃は帰宅が0時をまわることが割と普通だった。平日の夕飯は母と子供達だけで食べるのが普通だった。いまの父は当時と比べるとだいぶ早い時間に帰ってくるようになったし、なんならわたしの方が帰るのが遅いくらい。他の家のお父さんがどれくらいの時間に帰ってくるものなのかはわからないけれど、平日はほぼ顔をあわせることもなかった。

食事、とりわけ外食って家族を束ねるにはいちばんいい動機なんだろうな。ただテーブルで食事をともにするだけではなく、どこどこへ行こうと決めたら一緒に車に乗って、移動中もずっと一緒にいるわけで。

お金を多く払ってでも時間を大事にしてくれるのはもしかしなくてもたいへんにありがたいことでした。ま、普通に気分を変えたいだとか、家で食べられないもの(お寿司とか)を食べたいとか、週末くらいご飯作るの休みたいとか、そんな感じかもしれないけど。

 

最近ライブに行く機会ががくんと減ったせいで週末も家にいることが多くなり、以前より家族の外食に参加することが増えました。

そんなタイミングで冒頭のことをぼやっと思い出したので書いてみました。

 

 

今年は変化変化でいそがしかったですね。いそがしくないけど。

今までも2年に1回くらいは、何かしら変化を感じることがあったけれど、今年は特に数が多かった。来年春からはまた環境が変わってしまう。やだ、わたしはずっと家にいたい。

9月の半ばから通い始めたぱそこん教室はちんたらちんたらしているせいで進みが大分遅いけれど今月中には終わるでしょう。1月はあんすて。東京と大阪。2月は何もないから外国へ行きたい。3月は多分デザートのツアー。

「これを逃したら」「これで最後」を最近たくさん感じるようになった。別にしぬわけじゃないのに「やり残しのないように」過ごそう、とかへんなはなし。運良く健康に人生歩んでいけばまだまだ時間はあるはずなのに、これから「時間がない」を何回口にするんだろう。

あえてやり残しを作ったまま春を迎えるのはどうだろう、とも考えたけれどそれもギャンブル。一生ふらふらして生きていきたいです。

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