ミツマメパーラー

.。.:*・゜全力でぶっ潰す.。.:*・゜・*:.。
世間じゃ愛されすぎる危険なんて

10月の末に一度死んで生き返りました。

 

MEJIBRAYのライブを見たからです。否、6月にも行ったし、その他書いてないけどライブには行ってた。ちょいちょい。

5月の活休発表をリアルタイムで見て、何も考えられなくて、そのあとも実感がわかずに仕事中心の生活を続けるうちに心が死んでいった。

6月に名古屋へ行った時は、やっぱりよくわからなかった。活休という未来の現実について、そしてただただ、共有できない時間や気持ちのことを思ってかなしくなった。

 

春はぼろぼろだった。夏もぼろぼろだった。秋はもう限界が近かった。

そこでなんで行こうと思ったのか、10月の末にエリアに行った。何番でもいいですチケットくださいって言って知り合いの方に譲ってもらった。

いつも通りのライブだったと思う。普通に楽しかった。久々の剥落だった。とても短いライブだった。本当に普通だったはずなんだけど、わたしはそこに美しいものを見た。そして今までの自分について思った。

わたしはこんなうつくしいものを見るために毎日頑張って生きていたのだと。

 

家に帰ってライブのことを振り返ったら心がぎゅっとしめつけられて、涙が出た。涙が止まらなかった。

生き返ったというよりは生まれ直したという感覚の方が正しいかもしれない。ライブに行きたい、行かなきゃと思った。

そして多分これは2度目の恋だったのだと思う。

 

元から決まっていた予定を動かすことはできないけれど、その中で最大限頑張った。過去の自分が見たら「そんなの頑張りでもなんでもない」と鼻で笑うかもしれないけれど、ゼロの予定を1、2、3と増やしていった。

できる限りの努力はした。もちろんチケットなんて持っていなかったから、いままでお世話になった沢山の人の力をかりてまわったツアーだった。

 

10/30 高田馬場AREA

 

11/11 HEAVEN'S ROCKさいたま新都心

11/23 広島セカンドクラッチ

12/02 神戸VARIT

12/03 岡山IMAGE

12/10 札幌KRAPS HALL

 

さいたま。電車、遅れる。

30本ツアーの時は体調不良で参加を諦める、這ってでもいきたい、薬飲んで無理矢理なんとかする、アンコールだけ見て帰る、なんてことをしたさいたま。首都圏の電車が死にまくるもいろんな人にチケットを仲介してもらって無事に入場。

見えないからこそ高く跳ぶ。視界不良だからこそ高く跳ぶ。多分視力の下がったわたしの目でも、どこにいてもステージを捉えられる。

帰りは珍しい面子で飲んだ。寒かった。

 

広島。3年前のわたしは成仏できただろうか。

なかったことにできないから、多分ここに来るたび思い出すのだろう。もうあと何度行くのか知らないし、もう行かないかもしれないけれど。あの時見ることができたかもしれないものは、あの日にもう潰えてしまったから、もうわたしは新しいものを見ることしかできない。今この瞬間に生み出されるものに触れるほかない。

 

神戸と岡山ではインストにも行った。メジの撮影会なんて絶対行くものかと思っていたけれど。

何も喋れなかったし、普通に考えて今更どのツラさげて来たんだって話だと思う。だけど最後にまた顔を合わせておきたかった。

隣に並んでも隣にいる気がしなかったし、そもそも隣に並べるような人ではない、当たり前のことを当たり前のように感じた。わたしはあくまでこの人とは向かい合っていたい、見上げていたいのになんで横に並んでいるのだろう?

 

札幌。

11日が直前になってどうしても休めないことが分かったため、日帰り遠征。昼過ぎに帰りの飛行機(ジェットスター)が飛ばないことがわかる。同じ時間帯の他の航空会社の便(スカイマーク)に変更する。

しかしながら同じ時間帯の他の飛行機も天候が悪ければ欠航になる可能性があるということで、ライブを見ないで帰るか、飛ばないかもしれない飛行機を信じてライブを見るかの選択を迫られる。

一度はライブを見ない選択肢をとって便を変更したものの、開場直前になってライブを見ることに決めた。

これは後出しじゃんけんじゃないんだけど「なんか飛ぶ気がした」んだよ。ほんとに。

今年の残りの運を全振りして飛行機を飛ばす、そう心で唱え続けた。

 

その結果。もう2度と聴けないかもしれない、わたしの大好きな曲の数々。その立ち位置は、意味合いは変わったかもしれないけれど、「わたしがこれらの曲を」大好きで大切に思う気持ちはずっと変わっていないから、ただただ嬉しかった。

ITMのステップは見られなかったけれど全力でマイクに向かうこういちがいた。

それはわたしが捉えることのできなかった変化または進化であり、どうしようもないわたしの罪だった。

この日のライブを見ないで帰ったら後悔してもしきれなかったと思う。

 

飛行機は1時間遅れで飛び、空港から自宅最寄りまではタクシー。わりと不本意な形で「深夜タクシーでSPANK HAPPYのAngelicを聴きながら外の景色を眺める」という夢が叶えられてしまった。

 

16日、新木場。

交換で手に入れた70番台を握りしめ、ちょっと迷って二柵へ。あれを近くで見た方が良かったのか、はたまたよく見えない方が良かったのかは始まる前のこの時まだ判断がつかなかった。

今までのツアーと同様1時間と10分ほどのステージだったけれど、今日は特別に短かった。そして「いまあのステージに立っているのは本当にこういちなのか?」と、そんなようなことを考えていた。

あれはきっとこういちの影だったのだと思う。

 

最後に何が起こったのか分からず脳が混乱したまま終演、自分がとった物理的な距離は完全にこのバンドに対する心の距離だったのだと、ライブが終わってから反省した。22日の自分の居場所はこの時点で決定した。

わたしは何も見えていなかった。

 

 

わたしは最後まで中途半端だった。

今思えば些細なきっかけだったかもしれないけれど、少し綻んだらそのまま裂けて中身が溢れて取り返しがつかなくなった。

わたしは「最後まで」ついていくことができなかった。

「あなたのことを追いかけているうちは全力」だと、ひとりで勝手に宣言してやってきた。それなのにわたしは全力でもなくなったのに、特に興味がなくなることもなく、他にオモシロイものを見つけてもそれでもなお唯一無二のMEJIBRAY恋一の姿はわたしの中にずっとあった。

そしてあろうことか、また心を動かされてしまった。わたしは2度目の恋をした。

 

苦しかった。人より遅かった分、もうこれ以上置いて行かれないように、ワンマンでもイベントでも1回でも多く足を運んでMEJIBRAYについていこうと、MEJIBRAYを好きなみんなと共に在ろうとしてきたのに。わたしはそんなわたし自身をも裏切った。

2年間感じていたモヤモヤが大きな罪の意識としてこの2ヶ月、3ヶ月に押し寄せてきた。

ひとたび壊れた心でまともに恋ができるわけがなかった。させてもらえるはずがなかった。

 

あまりにも残酷だった。もうこのまま、思い出を内に抱えたまま気がついたら終わっていたら良かったのかもしれない。ただ「昔とてつもなく好きで、いまも好きだけどあまりライブに行かなくなったバンドが終わるから見に行こう」みたいに。

でもそんなことはできなかった。させてもらえなかった。きっとこれは自分の選択を悔いて苦しめって呪いなんだ。

こういちは思い出の中をぐるぐる行き来しながら生き続けるような人じゃない。わたしの知っているこういちは、常に未来に向かって、まだ見ぬ面白いもの・素敵なものを求めて動き回っている人。

こういちを思い出に変えないのは、とりわけこういちのファンとしては正しい姿なのかもしれないけれど、ザイニンのわたしにとってはどう考えても地獄だった。

 

あなたに恋をしてからのわたしの世界は極彩色の地獄でした。

楽しくて嬉しくてほとんど悲しくて、時々恐怖を感じたり憤ったり、兎にも角にも地獄の渦のような感情が生まれたのは全部全部ここからでした。

 

 

 

 

と、ここまで16日の夜中に書いて、ちょっと加筆修正して、22日につづく。

2012年、わたしがふられた時も、2017年、社会に殺された時も、「勝手に救われる」きっかけはいつだってこういちだった。

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    別に死にはしないけど

    仕事内容がキツいんじゃなくて心がキツい。

     

    わたしこんなに何もできなかったんだな〜と毎日毎日思っている。人と関わることを極端に避けてきたから、久しぶりに誰かに評価されることが物凄いストレスになっているのがわかる。めちゃくちゃにつらい。

    良くないことだろうとはわかりつつも、毎日わたしはバカだ、ポンコツだ、と反芻しながら月から金まで過ごしている。気持ちが極端に落ち込んでいる時にそのような呪いを自らにかけ続けることは「ヤバい」ということ。それは分かるけれど、そうせずにはいられない。

    世の中「わかっているのに、できない、やめられない」ことが多すぎる。

    やっぱり実力に見合わないことするもんじゃないんだ。

     

    「これ、いつ終わるんだろう」と毎日考えている。終わらせることができるとしたら玉の輿にのって会社辞めるか宝くじで超高額当選するか死ぬしかないんだけど、わたしはいつか終わるんじゃないかと思っているし、それを願っている。一番現実的なのは死ぬこと。死にたくないけど、早く終わってほしいと毎日毎日まーいにち、そんなことしか考えられない。

     

    朝起きると前日までのイヤだったこと、そして今日これから起こるイヤなことが濁流のように寝起きで空っぽのアタマの中に流れ込んできて苦しくなる。寝ている間は禁煙できている、じゃないけど、寝ている時は忘れられている。仕事の夢を見た日にはそれすらかなわないけれど。

    なんでもかんでもストレスのせいにするのはどうかと思うけれど最近物忘れがひどい。忘れたところで事実として課題は存在するのに酷な話だと思う。忘れたらラクになるけれど、それは解決したり既に通り過ぎたものについてのはなし。これからと、いまの事柄については忘れてはいけない。「ラクになったフリ」が余計にいまを辛いものにする。

     

    土日の休みはわたしの、わたしによる、わたしだけの時間。遊びに行くのは楽しいけれどすごくつかれる。

    わたしが自分で自分の心かき乱してつらくなっているだけだからわたし以外の人は誰も悪くない。わたしはアタマの悪い、要領の悪い、つまらない人間だから、今更どう思われているのか不安になってきた。

    休日の大切さをいやというほど知ったから、誰かと一緒に過ごす時、人に充実した時間を与えられないことを心の底から申し訳なく思う。わたしと過ごした誰かの言う「楽しかった」を全然楽しくないように思ってしまう。わたしはちゃんと楽しくさせられただろうかと、今まで以上に考えて落ち込むようになった。

    わたしが誰かの時間を奪ってしまうなら誰ともかかわらずにその人はまた別の形で大切な時間を使ってくれた方がいいんじゃないかと思う。

    人の「ありがとう」や「楽しかった」を蔑ろにするような考えを起こすのはやめたいのに、もうそう思わずにはいられない。

    それでもわたしと過ごしてくれたことに対する感謝の気持ちはあるし、誰かと話したり遊んだりしないとやっていけない。絶対に一人にはなれないし、なりたくない。

    被害妄想やひねくれた考えを起こすと人を怒らせてしまうのはわかっているし、知っているのにやめられない。考えの矛盾に苦しんでもうどうしようもない。

    今までもずっと抱えてきたネガティブな気持ちが最近急に成長のスピードをあげて大きくなってきてとてもつらい。

     

    日曜日、いつも会社に行きたくない気持ちが3連休でより強いものになってしまった。つらい。

    お盆休みは特に無く、ただの有休消化推奨期間だと知って更につらい(他の会社はお盆休みってちゃんとあるんですね)

    9月に休みとったけれどやることないしとてもつらい。

    その長期休暇明けに社会復帰できる気がしなくてかなりつらい。

    それでも仕事にはいかなければならない。

    本当につらい。

     

    10年以上続いたバンギャル活動への情熱が消えたのは最悪だとしか思えないよなぁ。

    楽しみがないのにどこに向かって歩んでいけばいいのかわからないの、つらいというより怖すぎる。

     

    つらいブログでした。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

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      社会とわたし

      信じられないような本当の話なのですが就職しました。

      地獄のような研修期間を経て、まさかの配置に驚き(そしてまぁなるべくしてなったんだろうなとも思う)、地獄の入り口のような日々を過ごしています。ひとまずは無事東京残留がかない、ラッキーでした。

       

      つらいつらいと言うたびにいろいろなひとが「会社と合ってないんじゃない?」と言うけれど、そもそも社会人になんて向いていないので、会社との相性なんてものは割とどうでもいいのでした。

      楽しく仕事をする気持ち、一切ないです。ただ与えられた仕事なり、任されたことなりを積み重ねていくだけ。

      なぜ仕事に楽しさを求める必要があるのか、よくわかりません。楽しくてお金がもらえるだなんてそんな都合のいいことがあるか。普通はないわ。

      仕事が生きがいの人はそうあった方が良いのだろうけれど、わたしは仕事に命かけるわけじゃない。楽しいと思っていた仕事が楽しくなくなったらみんなどうするんだろう。なら最初から楽しくない方が、特に何の気持ちも持たない方がラク。

       

      地獄の研修期間を挟んで自分にさもマトモっぽい変化が起こってしまったことを100%良いと思えません。自分の軸がぶれることにとてつもないストレスを感じています。

      わたしは別にナニモノにもなりたくないので放っておいてほしい。という気持ち。

      と、社会に出てからひねくれにひねくれまくってそう心は14さい。何故後退してしまったのか???

       

       

      きのう親知らずを抜きました。腫れも痛みも全くなく、経過はいまのところ良好。

      しぬおもいをすると思ってGWは全部潰すつもりだったのでラッキーでした(いまのところ)

      十数年ぶりの抜歯は麻酔がだいぶ苦行でした。なんであんな歯間ブラシみたいにギコギコするの〜

       

       

       

       

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        上120下76

        黙ることを覚えたら今度は喋れなくなってしまった。人に鼻で笑われるくらいなら多少息苦しくても黙っている方がマシか。馬鹿で愚かでも喋り続けて言葉を忘れないのと、静かに頷き続けて言葉を忘れるのとどちらがいいだろう。どうしたら喋れるようになるだろう。もう喋れないかもしれない。アタマを使わなくなってから久しい。

         

        あんすての感想は出だしだけ書いてやめちゃった。第1弾は「ヴィジュアル系バンドでは決して感じたことのなかったときめき」、そして今回第2弾は「耳まで熱くなる感覚」。薫は最高。キャンディーボーイに戻らないで。こみなみはあんすたをきらいにならないで。せめて返礼祭までは朔間零でいて。以上。

         

        以前何かを好きな理由について「結局その好きはどういう形のものなの?」と問われて、なんか面倒臭いから「強いて言うなら○○についてはガチ恋」だなんて微塵も思っていないようなことを答えてしまった。そんなことを何もない時にちょいちょい思い出して、分かり合えないなぁ、って全て諦めたような気持ちになる。

        強い憧れの気持ちを恋のような気持ちと表現したことはあるけれど、なんかこう、伝わっていなかったのかなぁと寂しくなって、改めて伝えることが面倒臭くなった。

        正直なところわたしはガチ恋を愚かな感情だと思うし度合いによっては特別に嫌悪感を抱く。しかしながらわたしはそんな理由で自分の好きをガチ恋と結びつけたくないわけではなかった。そもそも全くの別の種類の気持ちでいたのにも拘らず、主張していたのにも拘らず伝わっていなかったことが悲しかった。

        そこで同じく面倒臭いという理由で「みんな恋が好きなんだなぁ」というときっと怒られてしまうことが想像できる。言ってないけど。そこに理解がないから言おうとしたのではなく、面倒くさいから理解のないふりをするのが楽だと思った。言ってないけど。

         

        恋はエンタメ。

        説明は面倒臭い。なんとなく感覚を共有してくれ、察してくれ、というのは難しい。察しだけでなんとかなる人間関係を築くことは難しい。ほぼ無理。

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          まいりましたね

          これブログに書いたかなぁ。小学校の卒業式であったことをたまに思い出すんだけど。

           

          代表の親御さんの挨拶で、子供からもらった幾つかの「ありがとう」について語られていたときのこと。その幾つか並べられた「ありがとう」の内容の全てを覚えてはいないのだけれど、いつも美味しいご飯をありがとう、だとか、遊んでくれてありがとう、だとかそんなようなものだったと思う。で、その中に「この間外食へ連れて行ってくれてありがとう」というものがあった。これを聞いた時にとても不思議な気持ちになったのを覚えている。「外食へ連れて行ってくれてありがとう」はきっと当時のわたしにとって衝撃だった。

          というのも、わたしの家は週末の外食が習慣だったからだ。ファミレスか、焼肉か、ラーメンか、回転寿司か、たまにとんかつだったり、そんな感じでローテーション。たまに出前そば。もちろん家で済ますこともある。とにかく外食はわたしにとってあまりにも普通のことだったから、そんな風に「ありがとう」だなんて一度も感謝の気持ちを抱いたことなんてなかった。

          「遊んでくれて」も「いつも美味しいご飯を作ってくれて」も(まことに幸せなことに)普通のことではあるのだけれど、「外食へ連れて行ってくれてありがとう」についてはなぜか特別に不思議だった。

          たぶんその時に外食はよりお金がかかる、ということに初めて気付いたんだと思う。いま思えば贅沢な話だけれど、それまではあまりに普通のことすぎて分からなかった。

           

          わたしの父は仕事がとても忙しく、わたしが小学生くらいの頃は帰宅が0時をまわることが割と普通だった。平日の夕飯は母と子供達だけで食べるのが普通だった。いまの父は当時と比べるとだいぶ早い時間に帰ってくるようになったし、なんならわたしの方が帰るのが遅いくらい。他の家のお父さんがどれくらいの時間に帰ってくるものなのかはわからないけれど、平日はほぼ顔をあわせることもなかった。

          食事、とりわけ外食って家族を束ねるにはいちばんいい動機なんだろうな。ただテーブルで食事をともにするだけではなく、どこどこへ行こうと決めたら一緒に車に乗って、移動中もずっと一緒にいるわけで。

          お金を多く払ってでも時間を大事にしてくれるのはもしかしなくてもたいへんにありがたいことでした。ま、普通に気分を変えたいだとか、家で食べられないもの(お寿司とか)を食べたいとか、週末くらいご飯作るの休みたいとか、そんな感じかもしれないけど。

           

          最近ライブに行く機会ががくんと減ったせいで週末も家にいることが多くなり、以前より家族の外食に参加することが増えました。

          そんなタイミングで冒頭のことをぼやっと思い出したので書いてみました。

           

           

          今年は変化変化でいそがしかったですね。いそがしくないけど。

          今までも2年に1回くらいは、何かしら変化を感じることがあったけれど、今年は特に数が多かった。来年春からはまた環境が変わってしまう。やだ、わたしはずっと家にいたい。

          9月の半ばから通い始めたぱそこん教室はちんたらちんたらしているせいで進みが大分遅いけれど今月中には終わるでしょう。1月はあんすて。東京と大阪。2月は何もないから外国へ行きたい。3月は多分デザートのツアー。

          「これを逃したら」「これで最後」を最近たくさん感じるようになった。別にしぬわけじゃないのに「やり残しのないように」過ごそう、とかへんなはなし。運良く健康に人生歩んでいけばまだまだ時間はあるはずなのに、これから「時間がない」を何回口にするんだろう。

          あえてやり残しを作ったまま春を迎えるのはどうだろう、とも考えたけれどそれもギャンブル。一生ふらふらして生きていきたいです。

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            | ニッキ | 18:44 | comments(0) | - |
            わっちゃぼ

            肋間神経痛のような息苦しさのようなとにかくおかしな体調不良については「ストレス」で片付けられてしまいました。夏以来またもや病院へ行ってみて、効いてるんだか効かないんだかよくわからない薬を4回分(4日分ではない)貰って、あっという間になくなって、ぼけーっとしていたらそのようなこともなくなり。今はすっかり普通に戻ったので、まぁ良かったような悪かったような。

            これ仕事始まったらどうなっちゃうんですかねわたし。

            そんなストレスが体調に出るような繊細さはないと思っていたのですが、お医者に言われたのなら仕方がない。繊細と面倒臭いって何が違うんでしょうね。

            最近は風邪をひいたり喉が痛かったりあと舌のやけどした箇所がまるまる群発口内炎になってしまったり、相変わらず満身創痍です。

             

            以前twitterで読書感想文の意味、みたいな話題(著者や教師の意見に対して反抗的な内容を書くと改めさせられる他)があったけれど、先ほどおそらく人生初の他人の評価を多少気にする内容の読書感想文を書きました。たいへんに難しかった。

            仕事が始まっていない現時点くらい素直にえらい人に同調し、その功績を礼賛できないようじゃダメだなぁと思いました。ダメだこりゃ。

            理解はするけど同意はしない、くらいがいいと思うんですよね。仕事が趣味、仕事が命ならともかく、そんな宗教にしてもしょうがないじゃないですか。

             

            11月のアタマ、久しぶりにMEJIBRAYのライブに行くことになりました。やったぜ。

             

             

             

             

             

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              ジャパラーン

              肋間神経痛のようなそうでもないような謎の体調不良を抱えながら1週間。ひと月ぶりにブログの編集画面を開いて、ああ沖縄楽しかったな〜と思ったのがいま。

              このままじゃあっという間に30さい、40さいになってしまうのでは...と思ったけれど、この頃本当に具合が悪いので、恙無く年をとれたら幸せだなぁとも考えてしまうレベル。

               

              「これからは苦手なことのいちいちから逃げていられない」と、最近は数回にわたってさして興味もない大きな飲み会に参加してみたりもしましたが、やはり無理そうでした。

              いままでは仕事を通して打ち解けることはあっても、最初から仲良くしよう、ということはありませんでした。日頃からある程度のコミュニケーションはとるから困ったこともない。時間はかかるけれど、なんでも上手くやっていました。できていました。

              働く前から懇親会懇親会懇親会というように仕事とプライベートを同一化するような試みはわたしにはやはり不向きでした。今回は最初から諦めずに、それも1回ではなく2回3回4回と努力はしてみましたが、どうにもこうにも苦手でした。そしてその「頑張り」は誰に褒められるわけでもない。家に帰ってかなしくなるだけ。つかれるだけ。

              今後も変わらず、プライベートの充実なくして仕事はできそうにないのでなんとかして楽しく生きるためのモチベーションを保つための何かを見つけなくてはなぁと、ぼんやり考えています。

               

              朝から同人即売会のために大雨のなかビッグサイトに並んで、買いたいものを一通り買ったら雨がやんでいて、そのままつけ麺博に行って、ロクシタンカフェーでぱりぱりの面積広めなクレームブリュレを食べて、家に帰ってもまだ夕方4時、みたいな先週日曜日の過ごし方はそれなりに幸せだなぁと思いました。

              なんだか大きなイベントに行くと大概雨が降っているけれど、そろそろ晴れてくれてもいいんじゃないですかね。

               

               

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                旅の終わり

                9/10〜12、沖縄へ行って帰ってきました。2016年夏の最後の思い出。

                 

                1日目

                やる気が出ずにバス予約を忘れたため電車で成田へ。飛行機30分くらい遅れる

                沖縄着、yさんと空港で待ち合わせしてホテルへ。同人誌を広げる。

                35コーヒーで軽めの昼食、別行動のyさんとも合流、3人に

                目薬を求めて駅ビルのようなところへ。北海道物産展がやっていた

                ホテル帰還。遅れてきたつよっぴさんが到着。ぼちぼちライブハウスへ

                1時間50分ほどで終了。ルートビア(ハコのドリンク)初体験

                客引きのおじさんに教えてもらった沖縄料理店へ。中学生、下手したら小学生くらいの男の子が手伝いで働いていた。ごはん美味しい、オリオンビール美味しい、しかも安い。さいこう。

                食事をとりつつ22時まで各々あんすたのイベントを走る

                タピオカ飲む

                同人誌を広げる

                翌日は日中雷雨という噂

                就寝

                 

                2日目

                起床。めっちゃ晴れてる。雷雨とは。

                つよっぴさん「海へ行くぞ!」

                サブウェイで朝食

                レンタカーで海へ。LDHとあんすたのアイドルソングが交互にかかる車内。

                海だー!

                カップのブルーシールアイスを買う。一瞬でとける。

                ホテル帰還。スコールに遭遇。

                ライブ前までにいい感じに雨が止む。

                国際通りでソーキそばとジューシーのセット¥850

                1〜4の人間が来ず、2番目に入場する。

                ありがたいイケメンを2時間半拝み続ける。

                ルートビア

                おなかがいっぱいなのでマンゴーパフェを探しに行く

                追いアイスでブルーシール。変なメンズたちに絡まれる。

                つよっぴさん「手を使うのは素人のすることや」

                ホテル帰還。

                 

                3日目

                起床。バキバキ。

                名残惜しくも空港へ。

                土産!

                寿司!

                土産!

                行動を共にした4人中2番目に離脱

                ギリギリで飛行機に乗る

                明太チーズ柿ピーが美味しい

                またもや飛行機が遅れ16時過ぎに羽田着

                「せないずみ...」

                18時前に帰宅。荷ほどきしてhuluに登録

                泥のように眠る。

                 

                きのう

                合計15時間以上眠る

                 

                 

                苦しくなるたび「まだまだいける」を繰り返してここまできたし、今回も同じようなことを思いました。でもいい加減もうダメなんだろうなぁということも分かりました。

                帰ってきてからは、なんだか夢が終わったような、夕暮れのような気持ちです。別にいま死ぬわけでも、バンドのファンをすぱっとやめるわけでもない。

                 

                沖縄2日目のライブで、昨年海外遠征をした時の気持ちを思い出しました。ライブがきっかけで、今までいろいろなことを体験したな。

                わたしを「外」へ連れて行ってくれるのはいつだってバンドへの思いの力でした。

                わたしひとりではきっとやろうとしなかったことも、バンドが好きだからという気持ちを原動力にして全部どうにかしてしまった。いまはキャリーひとつでどこにでも行けるし、チケットがあればなんでもできる。

                頼りにしすぎて迷惑かけちゃうお姉さんにも、大概のことは話せる同年代にも、いつの間にか増えたいい子の年下にも、たくさんのひとの近くにいられて幸せだった。

                 

                まぁ、終わるわけではないのだけれど...多分ここらで一区切りなので。

                ちょう寂しいな!

                 

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                  今思えば、なんて言ったところで別にそれは99.9%以上の確率できっとなんの関係性もないんだけど、午前中下半身が異様にだるかったり、普段はまず見ないであろう車窓からの景色を「めっちゃいい天気だな」と思いながら眺めていたり、何もなければいつもと同じないつもと違うことも、そのように思えなくなってしまった。きのうじっちゃんが亡くなりました。いまは深く考えないように努めています。

                  じっちゃんは、じっちゃんだった人からは消毒液の匂いがした。叔父さんがじっちゃんの額に触れたら頭部がこてんと動いた。その様子がわたしにはあまりにも恐ろしかった。もうじっちゃんはいないんだなと分かるのにあれで十分だった。わたしはこわくてじっちゃんに近寄れなかった。まだちゃんとかおも見ていない。怖くて足元から動けなかった。

                  じっちゃんの最期は見ていないけれど、聞く限りあまりにひどいものだった。いまはできるだけ考えないようにする。こんな終わりがあってたまるものか。考えない。

                   

                  何度だって言うけれどうちの家族にはダメな人なんてひとりもいなくて、みんなとても立派で強くて格好良いひとだ。だからそんな人たちが弱々しくベッドに横たわっている様子なんて見たくない。わたしの家族はみんな強くて格好良いから、そんな記憶でその人との思い出を上書きしたくない。自分の理想にあてはめて、逃げて、向き合わないことだと思う。母方の祖母も、祖父も、今回のじっちゃんのもそうだ。具合が悪くなってからは会いに行くことをできるだけ避けてきた。いいことなのか悪いことなのかも未だ判断がつかない。どうあれわたしは向き合えなかった。これからももしかしたらきっとそうだと思う。

                  何をやっても、どれを選んでもきっと後悔する。向き合っても向き合わなくても苦しい。悲しくて怖くて勝手にショックを受けて都合のいいところで人よりもだらしなく惨めに泣くんだ。

                   

                  これから山ほどやることはあるけれど、今日の父はつくづく立派だった。父が格好悪いところなんてわたしは一度も見たことないけれど。父の強さに心が震えたと同時に、この人が壊れるところも絶対に見たくないと思ってしまった。

                  父が壊れたら、母が壊れたら、そしてばっちゃんが壊れたら、うちの弟たちが壊れたら、わたしは何を基準にして生きていけばいいんだろう。まだあまり考えないことにしたい。本当に嫌だ。

                   

                  病気してから6年、再発して1年くらい。この間のじっちゃんには自宅で遭遇するたびよく怒られた。わたしが化粧をしたり、髪を染めたりしていたからだった。怒られるのはいい気分はしないから、わたしはじっちゃんを避けて歩いた。近所ですれ違いそうな時は違う道を歩いたり、じっちゃんを見かけたら隠れたりもした。

                  もうあまり覚えていないけれど小さい時はいろんなところに連れて行ってもらった。お風呂に入れてもらった。湯船には首までつからなくてはいけなかった。自宅に戻る時にはドアの外から風呂場に聞こえるように「じっちゃんおやすみなさい〜」と叫んで帰っていた。部屋にかけてある謎の訓を暗唱させられた。今思うとそりゃどうなんだという内容ではあるけれど、まだそらで言える。厳格で説教めいたことを言うこともそれなりにあったけれどそれがじっちゃんの普通だった。

                   

                  わたしが思い出せることはもう6年以上、下手したら10年以上前のじっちゃんの姿だけだ。さいごの姿を否定したいわけではないけれど、わたしの中のじっちゃんは立派で、ちょっと怖いひとのまま、それより上書きするつもりはない。

                  じっちゃんは痛くて苦しい中で死んでしまったのかもしれないけれど、もうしんどくないといいな。本当に、心の底からそう思う。もういないけれど、犬と散歩したり、カロリー気にせず好きなものを好きなだけ食べて欲しいし、お酒もいっぱい飲んで欲しい。ただタバコを吸うのはやめてほしい。いない人の幸せ願うとか本当にばかみたいだけど。もういないのに。

                  こわいからいまはこれ以上考えないことにする。

                   

                   

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                    こんな人生はいやだ

                    何を思ったか記事を全消し。意味がわからない。

                    前回更新6/21からいままでにあったことを多少はしょって書きます。

                     

                    ・6/23 17さいの誕生日

                    ・6/24 あんすてを見に行った。最後にこんな気持ちを抱いたのはいつの日か、もしくは初めてか、そんなときめきを感じた。

                    ・7月のどこか ロフトの合コンイベントに行った。内緒だけど帰りの乗り換えのたび駅のトイレで吐きまくった。

                    ・7/20 地獄の締め切り。通ってくれ。

                    ・7月のどこか2 地獄の書き物など。通ってくれ。

                    ・7月のどこか3 ロフトの合コンイベントで知り合った人たちとさらに合コン。金と時間の無駄とはまさにこのこと。

                    ・8/6 大阪ライブと飲み。たのしかった。

                    ・8/7 ひらぱーであんすた祭り。ちょうたのしかった。

                    ・8/9 松EXPO。二期待ってる。

                     

                    あとはだいたい家で二次元アイドルと戯れているか(戯れとは何か。画面をタップし続けることがそれなのか。もっと馴れ合いたい。)ダイヤを砕くか、もしくは寝ています。

                    ヴィジュアル系の世界から離れてはいないものの現場からは確実に遠のいている昨今、自分自身のことながらものの見方の変化に戸惑う機会が増えました。見えるようになったものが増えたような気がしながら、見えなくなったものもあるのかもしれません。あとは、見なくなったものもあると思う。

                    他人のことだし別にどうでもいいかなくらいの感覚で考えていたことに対して憤りや不信感、気持ち悪さを感じるような出来事がありました。何かがあったというよりは元々そうであったのにも関わらずわたしが気付いていなかっただけなのかもしれません。

                    なんだかなぁ。

                    わたしもわたし自身の本当の問題について自覚していないのだろうな。恐ろしいこった。

                     

                     

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